「拉致問題」と「国益」 | 福岡県議会議員 古川忠後援会事務所 オフィシャルサイト

コラム

「拉致問題」と「国益」

 今、お茶の間政治評論家にとって、最も関心の高い、辻元問題は、敢えてもう少し推移を見てから論じたい。政策秘書給与のゴマかしは、週刊誌の報道の時点で、これはクロだと直感した。その事は勿論重大な国民への背信行為だが、その後の政治家としての言動や身の処し方も、又問題と思うので、もう少し様子を見たいと思うからだ。

 それよりも国家にとって重要なのは、我々同朋の北朝鮮への拉致問題である。もう二十年近くも前になるが、私が毎日新聞の記者時代に「第十八富士山丸事件」というのが発生した。北朝鮮から一人の男が日本に亡命。これを政府が受け入れたことの報復として、たまたま北朝鮮に入港した貨物船「第十八富士山丸」の船長らが、スパイ容疑をデッチあげられて逮捕、情報を遮断されたまま、七年間もの拘留生活をさせられた事件である。

 第一報の新聞の扱いは、「一段記事」、いわゆる「ベタ」という小さなものだったが、船長がたまたま福岡市早良区の人だったこともあり、記憶している方も多いのではないかと思う。 ただ、その記事が出た時、同僚の記者に、「この記事の扱いは余りにも小さ過ぎる」「もっと大きく扱い、北朝鮮の理不尽な行為に強く抗議すべきだ」などと、話したことを、今、又、無念な気持ちで思い起こしている。

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 当時、いや、今もあまり変わらないが、日本は朝鮮半島に対し、卑屈なまでのコンプレックスを抱き、過度な遠慮が働いていた。政党では、当時の社会党のみが、北朝鮮との交流を持っていたが、その付き合い方は「北朝鮮は社会主義の立派な国だ」というものであったから、何をかいわんや。少し言葉は悪いが、「強盗と仲がいいのを自慢する政党とは一体何なのか」と、私は批判した。

 そのころの日本の風潮はというと「国益」という言葉が、マスコミや大衆、とりわけ進歩的知識人から白眼視され、国籍のないコスモポリタンが大流行。いや、国政を預かる政治家までもが、日本よりも他国の国益を優先させる発言を堂々としゃべって憚らなかったのである。 拉致事件は、あるいはこの「第十八富士山丸事件」以前にもあったかも知れないが、少なくとも、この時にもう少し、政府がキチンとした態度を示していたら。日本が、自国の民への人権侵害にもっと敏感に毅然と対応できていたら。それ以降、日本人が、日本から連れ去られ、或いは有本さんの様に、海外から巧みに北朝鮮へ誘拐されるのは幾らかでも防がれたのではないか。悔やまれるのである。

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 このところ、北方領土に対する鈴木宗男発言で、民主、社民、共産党までもが、俄かに「国益」などと叫んでいるが、いわゆる旧社会党系の人々に、今更そんな言葉を言える資格があるのか。国益とまで大上段に振りかぶらずとも、少なくとも日本人、又、日本の文化、歴史、伝統を踏みにじられて、それを良しとしてきた、政党や進歩的知識人の罪悪は計り知れぬ程大きい。

 結果、今、横田めぐみさんの御両親をはじめ、多くの我が同朋が苦しみ、あるいは見殺しにあっているではないか。もっといえば、日本人の心までもむしばんでしまったのではないか、と私は思っている。有本さんの拉致をめぐって再び起こった論議を通じ、「国益」の本当の意味を、日本人として考えてみる絶好で、最後のチャンスとして欲しいものである。

                              (平成15年3月)

古川 忠

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