筑後川流域「五庄屋」が、造ったうきは市の「大石堰」 | 福岡県議会議員 古川忠後援会事務所 オフィシャルサイト

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筑後川流域「五庄屋」が、造ったうきは市の「大石堰」

大石堰

江戸時代、筑後川流域の農民を干ばつから守る為、五人の庄屋が水路の建設を発案、もし失敗したら極刑になるのを覚悟の上で一大灌漑事業を成し遂げた「五庄屋」が、造ったうきは市の「大石堰」を14日、視察しました。

大石堰2

 

 

幅300メールもの大河に堰を造るのは、当時としては一大土木事業です。川はあっても、水を田畑に引くことが出来ず、日照りの年は多くの餓死者が出たと伝えられています。

 

大石堰3

その筑後平野を、今の穀倉地帯に変えたのは、この五人の命懸けの努力があったと言われています。

地域や他人の為に、命懸けで尽くした五庄屋の話は、土地の誇りであり、小学校の教科書にも載っています。

大石堰4

 

 

昔の石積みの堰は、28年の大水害で総て流されてしまいましたが、このうきは市を中心にに網の目のように流れる水路が、その功績を今に伝えています。

うきは市歴史民俗資料館の館長さんからも、熱いご説明を受けました。郷土の偉人の足跡を是非とも後世に伝えたいものです。2016・4・14

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