諫早湾干拓 ”壮大な無駄” | 福岡県議会議員 古川忠後援会事務所 オフィシャルサイト

コラム

諫早湾干拓 ”壮大な無駄”

 長崎県の諫早湾干拓事業の中止か継続かで福岡、長崎などの三県漁業の対立が続く中、四月末から約一ヶ月間、排水門を開放しての調査が行われた。有明ノリの昨年の不漁で、干拓がその原因に上げられた為に行われた調査だが、今年のノリは大豊漁。わずか一ヶ月の開門調査で、有明海全体の水質や資源への影響が分かる筈もなく、又々、問題先送りと、お互いの“顔立て”のムダなことを繰り返しただけだったのではなかろうか。

 そもそも、この干拓事業は、三十年以上も前から計画されたものだ。私は丁度そのころ、毎日新聞・長崎支局の諫早担当として、この問題に関わっていた。 当時は、長崎南部総合開発計画と呼び、規模は、この諫早湾干拓の数倍もあった。平地の乏しい長崎県にあって、農地と飲料水(淡水)を確保するというものだったが、規模が大き過ぎて有明海の環境に対する影響が心配され、規模を大幅に縮小して生き残った事業である。 周辺の漁業権さえ買い取れば、環境調査等が少々ズサンでも工事着工できるとした農水省の態度に反発した。漁業者以外でも魚釣りや貝掘りを楽しむ「入り会い権」。毎日海を見て心を和ませる「眺望権」は、どうするのか、など様々なことを考えさせられた事業であった。

 現在福岡で博多湾埋立をめぐる干潟保存運動がまだ続いているが、そのモデルケースでもあった。 環境保護運動の先駆者的存在であった山下弘文氏=故人=とも、様々な議論をしたのを思い出す。 漁業権交渉が長引いたこともあるが、お役所のノロノロ仕事の典型で、事業が十年、二十年とずれ込むうちに、農業や経済情勢が急速に変化し、この事業の目的そのものが問われたのだ。しかし、農水省は、これを、いつの間にか洪水から守る治水事業にスリ換え、とにかく事業を進めてしまった。

 良くても悪くても着手したものは無理矢理押し通す役所仕事の典型である。 あの埋立工事のギロチンで閉ざされた土地をこれからどう生かそうというのか全く展望もない。豊かな干潟を単なる荒野にしてしまったことと、三千億円余の税金がドブに棄てられるだけの話である。しかも残ったのは、漁民同士のいがみ合い。血税を使って面子を保った農水省の官僚と、工事を通じて幾ばくかの利益をかすめとった“者”だけが、ほくそ笑んでいるのか も知れない。

 水門開放調査が始まった直後、久し振りに諫早湾に出向いた。「こんな調査で何が分かるのか、有明海はもう死にかけとう」。案内をしてくれた若い漁師のつぶやきだ。 外務省、農水省など、次々に起こる不祥事や無責任体制。また、これらについての、官僚や政治家達の発言を聴いて、この人達の発言は、すべて「自分の為」であって、国や社会の為ではない、と国民皆が悟ったのではないか。日本は今、根腐れを起こし始めている。

                               (平成14年8月)

古川 忠

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