拉致青年の死を悼む | 福岡県議会議員 古川忠後援会事務所 オフィシャルサイト

コラム

拉致青年の死を悼む

 イラクで、遂に日本人の青年が惨殺された。政府の避難勧告や周囲の忠告を無視しての無謀なバグダッド入りであった。平和ボケといわれる日本の、いかにも気ままで甘い今の若者の行動である。「自分の責任だからしからないじゃないか。」という冷ややかな見方から、「バカな奴だ、迷惑だ!」という厳しい声も多かった。確かに批判はその通りなのだが、それでも私は、この青年を心から悼みこそすれ、非難する気にはなれなかった。

 実は私も30年前、約二ヶ月間、リュックと水筒をからってインド、ネパールを旅した。当時、世界がアメリカ、ソ連に二極化している中で、第三の勢力と期待されたインドをどうしても自分の目で見たいと思ったからであった。スシ詰めの三等列車の中で。ドアも壊れたオンボロバスで。時にはただ歩いて。又、象の背中に二時間余りも揺られての不思議な行程もあった。田舎町を歩く時は、初めて日本人を見たのか、何十人というインド人がゾロゾロと私の後をついてきたこともあった。

 インド北端の町から夜間、石油を積んでネパールに向かうタンクローリーに乗ってカトマンズに入った。海抜四千メートルの峠の夜明け。氷の壁のように連なる巨大なヒマラヤ山脈の神々しさに圧倒された。出会う人も場所も全て初めて。いつも危険と隣りあわせではあったが、「旅は男のロマンの知的表現である。」なんて一人で悦に入っていた。若かった。しかし青年の頃の旅の感動は何にも代え難い。

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 一人でイラク入りしたこの青年も、ロマンを追い求める好奇心旺盛な若者だったと思う。いやそれ以上に、イラクを見てみたいという動機は単に観光だけではなかった筈だ。フセインの独裁から戦争を経て、いまだに続く混乱の現状を。又、何よりそこに生活している人々の生活を、自分の目で見たかったのではないか。だからといって、今すぐには何も出来ないにしても、青年独得の正義感や優しさが、バクダッド入りに駆り立てたのだと、わたしは信じる。

 もしものときの家族への心配や、世間への迷惑を考えない行動ではある。また、今のイラク情勢は特別危険でもある。結果として命を落としても自己の責任であることも十分承知している。しかし、私は彼の死を惜しむ。イラク情勢をニュースで見るどころか、そのことすら関心も無く、遊びに興じている若者が多い中、銃を持ったテロリストの前で彼自身が訴えたように、是非とも日本に帰ってきてほしかった。そしてイラクのことも含め、旅の経験を周囲の若者に語ってほしかった。

 それにしても昔に比べると、世界のどこもが若者が歩きにくい危険なところになっているように思えてならない。日本国内でも危険や不安は年々増し、何かしらせちがらい世の中に向かっている気がするが、どうも日本だけでもないらしい。世界中に、経済市場主義が広がり、人類全体が”貧しく”なっているのではないか。イラクへのアメリカの強引とも思える戦争と占領政策も、世界へ暗い影を落としているように思えてならないのだ。

                              (平成16年11月)

古川 忠

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