司馬遼太郎 「戦車の壁の中で」 | 福岡県議会議員 古川忠後援会事務所 オフィシャルサイト

コラム

司馬遼太郎 「戦車の壁の中で」

『私は、濃い草色に塗られた三式戦車の鉄を削りながら、(こういうものを作らせた高級軍人たちは、いったい本気の愛国心をもっているのだろうか)と、心の冷える感じをもった。』

 少し解説をする。作家、司馬遼太郎は、第二次大戦中戦車隊に配属されていた。貧乏国日本の戦車は装備がやや貧弱とはいえ、当たり前のことだが、車体や砲頭はヤスリなどでは傷さえつかぬ、厚い鋼板で出来ていた。

 だが、いよいよ戦争の末期、最新鋭車として配備された戦車の巨大砲頭が、まるでブリキの様に、簡単にヤスリで傷つくようなシロモノであったことに愕然とする。

 本来戦車は、その強固な装甲版で防御しながら敵を攻撃するというもので、砲弾が当たったらペシャンコになるようでは、何の役にも立たず、そのまま乗員の棺桶と化すだけなのである。

 司馬さんは、元々その狭い戦車の中がキライとはいえ、いざとなれば戦車を飛び出し、三八式騎兵銃一挺を持って敵に一矢を報いて死のうという、当時としては普通の ‘‘軍人‘‘ だった。だが、やたら砲頭の大きい戦車で格好を整え、数だけ合わせて、「さあ突撃しろ」という軍中枢部に心底から疑念を抱いたのである。

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 『おそらく彼ら個々の本心はとても勝てないと思っていたであろう。しかし、その本心をたとえ個人的に同僚に話したとしても彼は官僚として自滅するにちがいなく、極端にいえば自分の保身のほうが国家の存亡より大事だったのである』と、司馬さんは言う。

 国や国民の運命を握る官僚や政治家達の、この習性は、今に始まったものでもないらしい。それにしても昨今の官僚の仕業は目に余る。年金保険庁の数々の不祥事。霞関職員の居酒屋タクシー帰宅等々。自分の保身どころか税金にまで手を付けて、それを悪いとも思わぬ感覚。地に落ちたとはこのことか。

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 問題の後期高齢者医療制度。通り一遍の批判は措くとして、余りにも血も涙もない制度ではないのか。どんな法律でも条例でもその精神というものがある。老人医療の維持、充実の為と言いながら、机の上で数字をなめただけの官僚たちの本音が透けて見える。

 そしてもっと無責任なのは、二年前これを通してしまった政治家達だ。おかしいなら二年前から言い続ければいい。与野党は問わない。周りが騒ぎ出して、援軍が増えたのを確かめるように問題を口にする。これは日本全体に言える事だが一人でも反対する勇気が、特に政治に無くなったことに、底知れぬ不安を感じるのは私だけだろうか。

                              (平成20年7月)

古川 忠

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